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龍ヶ崎観音は、安産・命名・初詣り(お宮参り)・七五三詣り・子授け・厄除け等のご祈願をしております。

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〒301-0824 茨城県龍ヶ崎市下町2877-1

ほおずき市とは

毎年7月10日は「四萬六阡日」と呼ばれる「縁日」にあたり、多くの老若男女によって龍ヶ崎観音境内は賑わいます。この日は別名「ほおずき市」と呼ばれるように境内には、ほおずきを売る露店の葦箕張りの店の軒から下げられた、籠入りのほおずきの鉢が並び、店の電球の光に照らされ青々とした葉の間に朱色の実が美しく、釣り忍や風鈴が梅雨上がりの風に吹かれ雑踏の中にも涼味を覚えさせてくれる情緒豊かな夏の風物詩であります。またこの日は「雷除守」と呼ばれる特別の御守札が信者の皆さんに授与されます。


なぜ、四萬六阡日なのか

聖観世音菩薩の縁日が毎月の18日(龍ヶ崎観音は前観音と称して17日)であることは衆知のとおりでありますが、これに更に功徳日というものが室町末期より設けられるようになりました。この功徳日は、たとえば正月元日にお詣りすれば百日間、2月晦日は90日間 3月4日は100日間などと定められ、7月10日は「四萬六阡日」に当たり、この日参詣した人は「四萬六阡日」間観音様に御詣りしたことと同じ功徳があるといわれます。 「四萬六阡日」という数については、白米一升が四萬六阡粒にあたり、この日観世音菩薩に祈念すれば一生を通じて無事息災に過ごせるとか、又四萬六阡日は年月に換算すると約126年となり、人間の寿命の最高年齢に匹敵するとかいわれておりますが、これは八萬四阡の法門などとよく言われるのと同様に、単に無量(数え切れない)と解釈されてよいように思われます。つまり、この日に観音様に参詣すれば無量の功徳があるということであります。

なぜ、ほおずきが売られるのか

「四萬六阡日」にほおずきの市がたつようになったのは、江戸時代中期の明和年間であります。ある日、芝の武家屋敷の仲間がほおずきを見つけ、前夜愛宕神の霊夢にあずかったことを思い出し「四萬六阡日の日に青ほおずきの実を愛宕の神前にて水で鵜呑みにすれば、大人は癪の根を切,小児は虫の気を去る」と知人に伝えたところ、試みる者があり、その効験を示したのでいつしか愛宕神社の境内に青ほおずきの市がたつようになった、と伝えられています。
それが、「四萬六阡日」は本来観音様の功徳日であるということで観音様の境内にもほおずきの市がたつようになったのです。当、龍ヶ崎観音でも明治初年まで行われていましたが、廃仏毀釈により、その信仰が途絶え昭和60年、明治以来110余年にして「四萬六阡日、ほおずき市」を町内有志の方々と相謀り復興した次第です。


なぜ、雷除守が授与されるのか

龍ヶ崎観音では「四萬六阡日」の10日に限り、竹串にはさんだ三角形の「雷除守」が授与されております。ある夏のこと、葛飾方面に落雷がありましたが、赤とうもろこしを吊してあった 農家だけ何の被害もなかったところから、江戸時代の「四萬六阡日」には雷除の咒いとして赤とうもろこしが境内で売られておりました。ところが、明治の初年に不作の年があって一軒も赤とうもろこしの店が出なかったことがありました。毎年の「四萬六阡日」に「雷除」として赤とうもろこしを求めていた一部の信者から、とうもろこしに代わる「雷除守」を授与してほしいとの要請があり、これに応じて授与されたものが今日もなお継続されている「雷除守」なので す。昔より恐いものとして、地震、雷、火事、親父とよくいわれますが、地震は現在東海沖地震が噂され、また火事により毎年多数の死者が出るなど、その恐ろしさに変化はありません。親父に関しては色々と言われておりますが、それはさておき、雷に関しては避雷針の発明がされ、科学文化の発達した現在ではなにも「雷除守」でもあるまいとおもわれますが、観音様の威神力を堅く信じて疑わず、寝るときにも、覚めたときにも、天井を見上げれば,桟にはさんだ「雷除」の守護札が眼につきますし、それを通して日々の無事を祈ることができればそれで幸いなのであって、守札を通して観音様を念じて、大慈大悲のふところに護られ、善意を過ごし仕事に精進することが、大切と言えましょう。 また、この日には「雷除守」の他に特別祈祷札も授与されます。この功徳の多き「四萬六阡日」の御縁日に、皆様が観音様との御縁を結ばれることを心よりお勧め致します。


この日だけ授与される「雷除け御守」と「ほおずき市のストラップ」

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龍ヶ崎観音(龍泉寺)

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